暇文 暇なときに書いてみた文章

神出鬼没の自己言及

中勘助『銀の匙』に関する覚え書き

この文章は、私が通っている大学のとある人文科目の講義で出題されたレポートの内容にいくらかの改変を加えたものである。文学評論などというものは今まで手習いを受けたことがないので作法を知らない。よって、見よう見まねの生兵法である。それでも最近更新してないなというところに飛び込んできた格好のネタであるから利用する次第。

 

 概要

 『銀の匙』は中勘助(1885-1965)によって1910年から1913年に書かれた小説で、夏目漱石がその原稿を読んで賞賛したため東京朝日新聞で連載されたという経緯がよく知られている。作品は、主人公である「私」が書斎の引き出しにしまってある小箱の中の銀の小匙をたまに眺めていることがあるというモノローグから始まり、その小匙を母から貰ったエピソードを皮切りに幼年期の思い出を語っていくというものである。本文は二部構成になっており、前編では「私」の物心ついたときから尋常科高学年に至るまでを、後編ではその後17歳になるまでを描いている。

 『銀の匙』を一読した多くの人が「綺麗な小説だ」という感想であろうことは疑いないと思われる。先述の夏目漱石もこの作品について「きれいだ、独創がある」「あれほど彫琢が細かくて真実を傷つけないのが不思議だ」と述べて、その表現の繊細さを称している。では一体その「綺麗さ」はどこから生まれてくるものなのか。この文章では、『銀の匙』本編の描写を追いながら、読者にそういった感情を生まれさせる理由を考察することを目的としたい。

 

 本文中の描写の検討

 この作品が「綺麗」であることの理由として3点が検討できると考えた。この章ではそれぞれの点について詳細を述べていきたい。なお、このレポートにおける『銀の匙』本文からの引用は、角川文庫版(29版, 2012年発行)からのものであり、引用文最後に前編or後編+ページ数で略記して示す。

 

 子どもの目線から見た徹底した情景描写

 本作品を読み進めて気づくのが、本編中に情景描写が溢れていることである。しかもその一つ一つの描写が丁寧に積み重ねられたものだ。例えば、以下に抜粋するのは13節で書かれている駄菓子屋の描写である。

爺さん婆さんは耳が遠くて呼んでもなかなか出てこない。さんざ呼んでるとそのうちやっとこさと出てきてあっちこっち菓子箱の蓋をあけてみせる。きんか糖、きんぎよく糖、てんもん糖、みじん棒。竹の羊羹は口にくわえると青竹のにおいがしてつるりと舌のうえにすべりだす。飴のなかのおたさんは泣いたり笑ったりしていろんな向きに顔をみせる。青や赤の縞になったのをこっきり噛み折って吸ってみると鬆のなかから甘い風が出る。いちばん好きなのは肉桂棒というのだった。それはあるへいの棒に肉桂の粉をまぶったもので、濃厚な甘みのなかに興奮性な肉桂の匂いがする。(前編13節, pp.29-30)

  気づくのは、「つるりと舌の上にすべりだす」「こっきり噛み折って」といった擬音語・擬態語の表現があること、更に「竹の羊羹は口にくわえると青竹のにおい」「鬆のなかから甘い風が出る」「濃厚な甘みのなかに興奮性な肉桂の匂い」のような味覚・嗅覚の表現もあることだ。本作品では、このように五感に訴えかける表現がふんだんに用いられ、「私」が幼少期に体験したことを、読者がその場にいて一緒に経験したかのような臨場感をもって表現している。概要で述べたように『銀の匙』は幼少年期の思い出をただひたすら描いていく作品であるから、特にストーリーらしい物語の起伏があるわけではない。しかしそれでも読者が飽きることなく読み進められるのは、このような丁寧な描写を通して読者が「私」を追体験できるようになっているからだと考えられる。つまり、作者の中勘助が「自叙伝的作品」ともされる本作に、自分の記憶・経験をいかに克明に写し取って伝えるかを綿密に考えた結果が現れていると言える。

 また本作の情景描写にはもう一つの特徴がある。更に引用を示そう。

いよいよひき移るという日にはみんなして私に もうこの家へは来られないのだ ということをよくよくいってきかせたが、私は出入りの者が手伝いにきて大騒ぎをするのが面白く、また伯母さんと相乗りにのせられて俥をつらねてゆくのが嬉しくて元気よく喋っていた。(前編10節, p.24)

  ここで描かれているのは「私」一家が神田から小石川へと引っ越す場面であるが、あくまで「子ども」から見た目線であることがわかる。このときの「私」は尋常科にも入っていない幼少の時分で、それ故に引っ越しという一家を巻き込んだ大きなイベントであっても全く気にも取られず、引っ越しでばたばたする者を見てただ非日常的な事象に新鮮味を覚えるのみなのだ。これは「大人」となった後では得られない心情である。更に特徴的なのは、「大人の立場で振り返った子どもの目」ではないということだ。子どものときに得た経験を大人の心で解釈するのではなく、当時の子どものときの「私」そのものとなって描写している。よって全ての描写が過去のものではなく、その当時の現在として読者に引き継がれるから、先に述べた追体験がより現実味を帯びたものとなるのだろう。

 以上のように、丁寧に五感に訴えかけながら描かれた描写、そしてそれを積み上げる「子ども」の視点、この二つがあるからこそ『銀の匙』で語られるストーリーは、子どもならではの純粋さを読者に思い起こさせる。この純粋さが読者の心を捉えて没入させ、本作を「綺麗」と思わせるのだろう。最初の検討点ではあるが、私はこの点こそ本作品が「綺麗」な作品として成り立っている根幹であると考える。

 

「私」の孤立した立ち位置と冷めた目線

 前項で述べたような丹念な描写を裏から根拠付けるのが、主人公である「私」の目線である。「私」は虚弱体質で知能の発達も遅く、酷い人見知りも抱えていた。それを最も表現するのが「生きもののうちでは人間がいちばんきらいだった」(前編14節, p.31)という一文である。「私」は、体が弱くずっと伯母につきっきりで育てられており、周りの男子と一緒に遊んだりすることがなかったためか、この一文で語られるような人間不信がずっと価値観の根底に残り続ける。ゆえに、高学年の頃には「私」は周囲からは一歩引いた物の見方を手に入れるに至ったと考えられる。例えば、後編2節では、日清戦争の展望について担任の丑田先生が「日本人には大和魂がある」と述べるのに対して、「先生、日本人に大和魂があればシナ人にはシナ魂があるでしょう。日本に加藤清正北条時宗がいればシナにだって関羽張飛がいるじゃありませんか」(後編2節, p.133)と尤もな論理で反抗する場面がある。その後の10節においては「私」は次のように述べている。

私は学校へあがってから「孝行」という言葉をきかされたことは百万べんにもなったろう。さりながら彼らの孝道は畢竟かくのごとくに生を享け、かくのごとくに生をつづけてることをもって無上の幸福とする感謝のうえにおかれている。そんなものが私のように既にはやく生苦の味をおぼえはじめた子供にとってなんの権威があろうか。(後編10節, p.156)

 これは修身の授業が嫌いであったという話の中で語られる一説だ。ここで「私」は、周りの同級生や先生がさも当然のように孝行を推奨するが、それは全て生きることは幸福なことと信じる感性の上で成り立つものだから、人生の辛さを覚え始めた「私」にとっては論理が崩壊しているということを主張している。結局先生は孝行をするのがマジョリティの考えだという強弁で「私」を黙らせてしまうのだが、「私」の価値観は周囲からは明確に違うものとなっている。その結果として、「私」は周囲と一緒になるのが馬鹿らしいと思うようになり、いつからか離れて嘲笑的に見るようになった、とまで書かれている。

 ここで抜粋したのは後編で「私」が10歳、11歳程度まで成長した後の描写であるが、「生きものの~」の一文で表現されるように、「私」の孤立した視点というのは幼少期から既に形成されているものだった。したがって、周囲の人間とはあまり関わろうとしない「私」だからこそ、周りの情景によく目を留めて気を配っている様子に説得力が生まれるのではないか。さらに、先に述べたようにこの作品は中勘助の自叙伝ともあるとされる。つまり「私」の視点とは、中勘助自身の視点であるとも考えられる。「私」=中勘助は周囲から一歩離れたところから状況を見渡せる、ある意味では冷めた視点の人間だったからこそ、このように詳細で説得力のある描写が生まれたのではないだろうか。

 

 叔母との関係と「私」の成長

 前項では「私」は人間不信だということを書いたが、それでも親しい者との付き合いはある。むしろ、その親しいものとの人間関係こそが濃密に本作品を彩る要素となっている。この節では、その中でも最も濃密であった伯母との関係について触れていきたい。

 この伯母は、病弱であった母に代わって「私」の面倒を長年見ていた人物で、「私を育てるのがこの世に生きてる唯一の楽しみであった」(前編3節, p.12)と述べられるだけあり、「私」に無際限の愛情を与えていた。幼少期の病弱な「私」は常に伯母の背中に背負われていたという記述もあり、背中に背負われたまま縁日や近所の寺にも連れられ、食事も伯母の手で食べさせられるほど目を掛けられていた。伯母は仏心が深い人物で、行灯の火に焼かれた虫にまで念仏を唱えるような人物である。また漢字は読めないが博聞強記な人物で、様々な昔話や百人一首の歌を「私」に聞かせながら育児をしていた。この伯母に育てられたことについて、「私」は「仏性の伯母さんの手ひとつに育てられて獣と人間とのあいだになんの差別もつけなかった」(前編18節, p.39)と述べている。このように純粋な愛情と豊富な知識の元に育てられた「私」が、先に述べたような独自の価値観を抱いて周りの生物間を分け隔てなく対応するというのは自然なことであるし、裏付けとなる。また、伯母が「私」にいかに愛情を注いでいるかという描写が繰り返し描かれること自体が、読者に「綺麗」な人間関係として感動を与えている。

 ここで、伯母からの純粋な愛情を描くシーンを見てみたい。生国へと旅に出た伯母はその旅先で病を患い、体力の衰えから「私」の住む家には結局戻ってくることなく遠い縁家で留守番をして暮らしている。数年が経ち、「私」は16歳の春休みに旅に出たついでに伯母を見舞うことにした。訪ねた先で古びれた家に一人で住む伯母はすっかり目が見えなくなり当初は「私」に気づかないが、「私」の一言で気づいて涙を流して歓迎する。

伯母さんは

「こんなとこだでなんにもできんにかねしとくれよ」

と申し訳なさそうにいって、大きなすし皿を私の膳のそばにおき、こんろにかけた鍋のなかからぽっぽっと湯気のたつ鰈を煮えるにしたがってはさんできて もういらない というのを

「そんなことはいわすとたんとたべてくれ」

といいながらとうとうずらりと皿一面に並べてしまった。気も転倒した伯母さんはどうしてその歓迎の意を示そうかを考える余裕もなく、魚屋へいってそこにあった鰈を洗いざらい買ってきたのであった。私は心からうれしくもありがたくも二十幾匹の鰈をながめつつ腹いっぱいに食べた。(後編17節, p.174)

 帰省で祖父母の家を訪ねると、こちらがもういいというのも聞かずふんだんにご馳走を振る舞ってくれる、などというのは現代でも誰しもが聞き覚えのあるもしくは体験のある出来事だろう。大正時代であってもそうした光景はきっと同じように存在していて、数年ぶりに出会った「私」と伯母の間でもそうであった。かつて「私」は伯母の手によって口まで食事を運ばれていた。伯母はどこかでかつての日々を思い出したのではないか。「どうしてその歓迎の意を示そうか考える余裕もなく」とあるが、つまりは無意識のうちに辿り着いた選択肢が皿一面の鰈であった。それはきっと、食べ物を豊富に食べさせるという親愛の最も顕著な形の現れに違いない。

 次の場面は、食事を終えて二人が眠りにつく場面である。

話はいつになっても尽きそうになかったが私は程よくきりあげて眠りについた。私たちは互に邪魔をしまいとして寝たふりをしてたけれども二人ともよく眠らなかった。翌朝まだうす暗いうちにたった私の姿を伯母さんは門のまえにしょんぼりと立っていつまでもいつまでも見おくっていた。

伯母さんはじきに亡くなった。伯母さんはながいあいだ夢みていたお阿彌陀様のまえに坐ってあの晩のような敬虔な様子で御礼を申しあげてるのであろう。(後編17節, p.176)

 伯母も私もかつての日々を思い出して、語る言葉は延々尽きない。「互いに邪魔をしまいとして寝たふりをしてた」というのは、互いの互いに対する愛情と思いやりとが通い合っている描写にほかならない。「門のまえにしょんぼりと立っていつまでもいつまでも見おくっていた」というのも伯母から「私」に対する愛が読み取れる描写である。実のところ、この後編17節に至るまで、後編ではほとんど伯母の描写は出てこない。それは「私」が学校に入ってからは伯母の背中に負われ続けることもなくなり、徐々に「私」が一人の人間として自我が確立し始めて文字通り一人で立てるようになってきたからだ。この場面で描かれる一人旅などは「私」の自立を象徴する描写だ。「私」を追体験している読者は、「私」の成長の様子も、かつての伯母の元気な様子も全てを読みながら一緒に追ってきている。だからこそこの場面で、伯母の背中をもう必要としない自立した「私」が、かつて自分を育て支え続けた伯母に会いに行くといういわば幼少期との決別の描写に、心打たれて純粋な感動を覚えるのだと考えられる。

 

結論

 以上の議論のように、『銀の匙』の描写について3点を挙げて検討した。本作品では「五感に訴えかける繊細な綿密な情景描写」が全ての根幹となっており、これが本作品を「綺麗」だと思う感情の拠り所となっている。それらの情景描写は、この作品が主人公「私」の一人称視点で描かれることから、「私」独自の視点によるものである。その視点は、「生き物では人間が一番嫌いだった」とまで述べる「私」が成長の中で形成してきた、世間からは一歩引いた価値観に基づいて描かれたものであった。更には、病弱で人間不信な「私」が叔母にどう育てられてきたか、そして叔母とどのような別離を遂げたのかという一連の「私」と伯母の関係を描くことで、純粋な愛情が描かれている。これらの描写が幾重にも重なって描かれることにより、読者は『銀の匙』を「綺麗」だと感じるのだと結論付ける。

 

参考文献

中勘助銀の匙,(角川文庫7496),(1989),角川書店

2017センター試験国語を解いて<小説編>

評論編を投下したのが1月15日で、そこから既に二ヶ月以上経っており、国公立前期試験どころか後期試験まで丸々全て終了しており、もはや今年の受験シーズンは終ったに等しい。だからといって、小説の方だけスルーし続けるわけにもいかないので、いい加減ここらへんで消化しておこうという魂胆がある。

ちなみに昨年の小説編は3月2日投稿であった。大して変わらない遅延っぷりであるし、むしろ酷くなったとも言える。

高校卒業後はいちいちセンター試験の問題など見ることなどなかなか無いと思うが、たまにはこうして振り返ってみると案外面白いじゃねえかというのがこの記事の趣旨である。完全に部外者なのだから、もう部外者として楽しんでいきたい。

例によって問題・解答は東進ハイスクール「大学入試センター試験解答速報」を参考に。先に解いてみるのも面白いかもしれない。

 

題材文は、野上弥生子『秋の一日』(1912年)である。最近の5年間はずっと短編小説を全文出題するという方式が取られていたが、今年は小説の一節を取ってくるという方式に戻った。ちなみに4年連続で女性作家の作品である(岡本かの子小池昌代佐多稲子野上弥生子)。

河合も東進も講評において「大正時代の小説だから読みづらかったのでは?」というニュアンスのことを述べているのだが、正直そうは思わない。読んでみてくれればわかるのだが、文体がそもそも平易だし、特に難しい語彙が入っている訳でもない。当時の時代背景を理解していないと分かりづらい場面があるわけでもない。せいぜい女中さんが登場するぐらいのものである。書かれた時代が古いからといって描かれる心情まで古びれるわけではない。題材となっているのは、直子という一人の女性であり一人の母である人物の追憶と感慨であり、それは今でも同様に伝わる。世間の受験生もそれぐらいのことは平気で読み取れるんじゃなかろうか。

 

物語は、主人公の直子が病床からついに快復したため、夫に手提げ籠をプレゼントされて以来ずっと楽しみにしていたピクニックに子供と一緒に出かけようとするところから始まる。直子は秋が一番好きな季節なのだが、何故か秋になると病気をする。しかし今年の秋はどこも病まず、じゃあどこか子どもを連れて遊びに行こうと思っているのだが、特に良いところも思いつかない。そんな折、夫が絵の展覧会(文部省美術展覧会、通称「文展」でこの流れを汲むのが現在の「日展」)を見てきて「めっちゃ良かった」と言うので、「じゃあそれ見るついでに籠持ってピクニックすりゃいいんじゃね?」と突然ワクワクし始める。ここまでで15行目である。楽しい予定が突然思いついたときの高揚感とか期待感は何物にも代えがたい良さがあるよね!

 

問一。みんな大好き表現問題。みんな同じように言うけど、辞書的な意味に足をつけて考えないと案外どれでも通じそうな気がしてくるので絞れない。ア「呆っけに取られた」は2がちょっと怪しいけど正解は1。イ「生一本」は、日本酒飲む人ならすぐに2「純粋」と絞れるだろうが、そんな受験生はなかなかいないだろう。お酒は20歳になってから。ウ「あてつけがましい」、あてつけというのが「皮肉」「当てこすり」だと分かれば速攻で1。

 

問二。傍線部A「誠に物珍らしい楽しい事が急に湧いたような気がして」の言い換えを考える問題。僕がさっき問一の上のところで述べていることそのままである。つまり正解は4。プロローグと1ページ目までに描かれていることの要約に近いかもしれない。

1は「絵の鑑賞を夫から薦められて」というのが間違い。夫がそのようなことを言った記述はないし、11行目にピクニック構想を思いついたのは「全く偶然の出来心」とある。2は「全快を実感できる絶好の日になる」が本文記述なし。そもそも直子さんは全快したかどうか正直定かではない。後述。3は「行き先がないと悩んでいた」が違う。6,7行目にあるように、行き先は思いつくが特別行きたいかと言われると困るわね、という状態なのだ。突然休日を与えられた人間の感情として凄くよく分かる。5は「子供は退屈するのではないかとためらっていた」が本文記述なし。もっと言うと「展覧会の絵を早く見に行きたかった」も「絵を見た後にどこか静かな田舎へ行けば子供も喜ぶだろうと突然気づいて」も全部が全部駄目である。「なにいってんだこいつ」系選択肢大賞2017を贈呈したいレベル。

 

問三。いざ上野にやってきた直子さんとその子供と女中さん。ここで、どこかの小学校の運動会を行っている光景に出くわし、たくさんの子供たちの遊戯を見ていると、直子は「ふと訳もない涙が上瞼の内から熱くにじみ出して」くるのだ。直子はこういう涙が最近よくあり、どういう感情かも分からぬ間に流れてきてしまう。隣で女中に負われて遊戯を見ている自分の子供を見つめると自然に微笑みが漏れるが、「この微笑の底にはいつでも涙に変る或物が沢山隠れているような気がした。」というのが傍線部Bにあたり、これの言い換えを問うている。直子がなんで泣いているのかわかっていれば大概わかる。サーバルちゃんなら「あれおかしいな……早起きしたからかな……」と言い出しそうだが、もちろん早起きが理由ではない。ちなみに直子は16行目「あけの日は何時もより早目に起きて」とあるから一応早起きはしている。でも理由ではない。

結果として解答は5。「純粋なものに心を動かされてひとりでにあふれ出す涙」というのが実に上手い纏め方である。そんなわけで涙の理由を勝手に決めてしまっている1は間違い。2と3は「子供の将来を思う不安から流す涙」「純真さをいつまでも保ってほしいと願うあまりに流す涙」などと、書かれてないこと言ってるのがNG。余計なお世話である。4は「さまざまな苦労をして流した涙の記憶と切り離せない」とかいうのが記述ないし、そもそもそれが微笑とどう繋がるのかイマイチ論旨が謎。

閑話休題さっき、直子が全快したのかは不明確というようなことを書いた。というのも、25行目「大きな鴉が来て、ぽっつりと黒く留まってるのが(中略)ずっと大きく、ずっと黒く、異様な鳥のように直子の目に映った。」とある。ここでは21行目に落ち葉の色の表現があったりするので、色彩による情景描写の延長とも思えるが、大きく黒く異様な鳥が突然現れるのはやはり直子の身に降りかかる今後の災難を暗示しているのでは(考察厨特有の早口) この描写をなんか取り違えると、問三で2選んだりするんですかねもしかして。

 

問四。直子は「幸ある朝」という絵の前でとある記憶を辿る。その絵を描いた画家の義妹である淑子さんという女性とかつて学校で友達だったのだ。あるとき直子たちの仲間内で暑中休暇の間2週間ほど一緒に編み物をしたり本を読んだりする会を開きましょう、という話になったが、淑子は用事があって行けないと言い結局話は流れてしまう。その後直子に対して淑子は「毎日義兄の家に通わなくてはならない」と告げるが、その理由については「今に秋になれば分る事」と意味深な台詞を残す。実のところ、その画家が描いた「造花」という絵のモデルになっていたのだ。淑子は卒業して間もなく嫁に行き、そして間もなく亡くなった。

直子はそのような追憶がまるで昨日の出来事かのように思い出される。しかし、自分は当時の自分とは全く違った人間に思える。女学生時代のお転婆な姿は既にここにはなく、かといってその姿さえも今見返せば価値なくみすぼらしい、と直子は思考の密林の中に入り込んでいる。

これを受けて傍線部C「こうした雲のような追懐に封じられてる」の言い換えを考える。もうどこの予備校もどの国語教師も同じこと言ってると思うが、指示語があるときはその指す先を絶対把握しなきゃならない。これはどちらかといえば評論における鉄則ではある。さて、どういう追懐なのかといえば、もう65~97行目あたりまでに出てくる全てである。「雲のような」は、掴みどころがなくモヤモヤと胸の内で渦巻いているような様子の比喩であろう。つまりは、女学生時代に体験した楽しいことも悲しいことも全てが混沌となって昨日の事のように懐かしまれるが、それを視る自分の姿だけは変わってしまっている……とでも思えば大概良いのでは。これに一番合っているのは2。

1は「長い間の病気が自分の快活な気質をくもらせてしまったことに気づき、沈んだ気持ちに陥っている」というのが、結論としておかしい。そんなネガティブ一辺倒の気分ではない。3は「淑子さんと自分たちとの感情がすれ違ってしまって」ないのだから✕。特に喧嘩とかしたわけじゃない。4は「淑子さんの姿がかすんでしまってい」ないので✕。昨日の出来事のように思い出せているしそこまで呆けちゃいない。5は「取り戻したい」が若干違う。別に女学生時代に戻りたいとまでは思ってないはず。ただあの頃とは変わっちまったなあ自分……ってだけなのだ。あるよねこういうこと。

 

問五。ここでは傍線部がない。本文中で描かれている「自分の子供を見守る直子の心情」について正しいものを選べという問題。

今年のセンター小説ネタシリーズとしてTwitterで話題になったのが、直子の子供が裸婦像を見て発する「おっぱい、おっぱい。」というパワーワードだった。こういう直球はそりゃウケは良い。例年の流れからして、こういう面白フレーズは解答とあまり関係なかったりするのだが、今回は実は解答ドンピシャになっている。というわけで正解は4。「美術品の中に自分の知っているものを見つけた子供が無邪気な反応を示す様」というのがまさに「おっぱい、おっぱい。」やその前部分に書かれている。また47~49行目では、絵が好きな子供が普段大人たちに描いてもらうポンチ絵ではなく、これら油彩の美しい絵を初めて目にして何を思うだろうかという点への直子の注目が書かれている。実際おっぱいは偉大なのだ。

1は「ピクニックを計画する余裕もないほどに、子育てに熱中する直子の母としての心情」が間違い。そんな教育ママ的なアレじゃない。2は「ささいなことにも暗い影を見てしまう直子の不安な感情」は特に本文からは読み取れない。しかしですね、この鴉はやはり直子の暗い運命を暗示していて(早口)(以下略) 3は「直子には見慣れたもの」というのが重大な事実誤認。33行目にあるように、小学生の運動会の光景は直子も何年ぶりかに見たのだ。5は「嘆く様」が本文記述なし。現実に引き戻された直子は、もうしばらくその追憶を思い返すことは無いんじゃなかろうか。

ところで、おっぱいの話をしたかったので正解を先に示したが、問題の形式上本文の箇所と照らし合わせて正誤判定をする問題なので、基本的には消去法で解くことになるということは一応言っておく。

 

問六。いつものあれ、表現説明問題。今回は適当でないものを選ぶ。1は、別にこの題材文に限ったことじゃなく傍点の使い方の話なので当然◯。2の色彩については先述の通り。23行目「さくさくと」というのが擬音語。3は何の文句もなく◯。秋晴れが温かくまっすぐと差し込んでくる情景を上手く表現していると思う。4は「直子の無知を指摘し、突き放そうとする表現」というのがどうにもこうにも✕。なんでそんな酷いこと言うのよ。突き放すってなんだ、突き放すって。主人公なんだから最後まで付き合え。5は「絵画や彫刻にかたどられた人たち」というのが、別に人物がモデルの作品だけ並んでると本文からは言えないだろうし✕。ちょっと論拠としては微妙な気がするのだが駿台ベネッセはおそらく同じ理由。東進も多分同じようなこと言ってる。この表現はおそらく美術作品を擬人化してるような感じじゃなかろうか。どっちにしろ、6が文句なしの◯なので、消去法で5を選ぶことができる。東進はこういう思考法をお薦めしている。実際センターだからこう考えたほうが確実ですよね、というわけで正解は4と5。

 

総評。やっぱり読みやすいと思うぞこれ。いやでも自分が受験生当事者だったらどう思うかはわからんけど……そこまで大正時代だから読み進めづらい、なんていうトラブルは起きないはず。ただまあちゃんと結構ちゃんと論拠拾って✕つけて、という作業が丁寧に求められる選択肢にはなってるのかなあと思いました。下手すると時間は足りない?

ところで、朗らかな秋の日の午後が気持ちよく描かれていて、読んでいてとても穏やかな気分になる小説でした。機会があれば全文読んでみたい。今調べたら、野上弥生子は1985年に100歳で亡くなったようなので、青空文庫にはまだ無かった。

「おっぱい、おっぱい。」は実際試験会場で見たらちょっと笑っちゃうかもしれない。多分鉛筆でぐるぐる丸囲みするぐらいはやる。こういう混乱を招かないネタは存分に入れるといいと思うんだよ。まあでも20歳近い連中がこんな言葉でいちいち盛り上がってるの見たら、直子じゃなくても自然と涙は流れるかもしれない。来年も期待してる。

 

この辺で5000文字とか超えてきたし終わりにします。来年は1月中にどっちも更新できるといいよね!という願望を述べつつ、ここまで読んでくださりありがとうございました。

2017センター試験国語を解いて<評論編>

昨年も行った、センター試験の現代文(つまり第1問評論と第2問小説)だけを解いて、好き勝手に感想だの解法だの述べて、特に来年以降の受験生のためにはならないという自己満足的な企画が本年もやってきたわけである。

昨年のものは下のリンクからどうぞ。

2016センター試験国語を解いて〈評論編〉 - 暇文 暇なときに書いてみた文章

2016センター試験国語を解いて〈小説編〉 - 暇文 暇なときに書いてみた文章

 

今年のセンター試験大寒波の影響でだいぶ混乱するんじゃないかと思っていたが、繰り下げが数会場あったのみで、平年並みなのでひとまず安心している。明日、というか時間的には今日が理系科目の2日目なので、受験生諸氏は頑張って欲しい。おやつはキットカットがおすすめ。

今年も例によって問題、解答ともに東進ハイスクール大学入試センター試験解答速報」を利用する。各設問に対する解説や概観については、東進、河合、駿台・ベネッセ、代ゼミの4社の解答速報サイトから適宜引用して、同意したりしなかったりする。

www.toshin.com

昨年同様、この記事では評論だけを取り上げて小説は次回更新に回す。

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「劇場版艦これ」の感想(というか思ったこと箇条書き)

本日11月26日から「劇場版艦これ」が公開始まったので早速見てきました。

本当はもっと後から見ようと思ってたんですが、昼の時点で存外良い評判が流れてくるのと、なんかネタバレぶっこまれそうだなと危惧したので、もう今日の内に見ちゃおうと夜の回を急遽取ったわけです。

ネタバレをしないように書くと以下のツイートの通り。

つらつらと感想というか、ぼんやり思ったこと感じたことを以下書いておきます。時系列順のつもりだけどそうじゃないかもしれない。ネタバレが多いから注意してほしい。

 

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「くまみこ」の推薦責任問題

以前、次のような記事を書いた。以前と言ってもこのブログは大変更新が少ないのでわずか3つ前の記事である。

himabun.hatenablog.com

何故このような記事を書いたかと言えば、初回放送を見て純粋にこりゃ良い日常系アニメが出てきたなひゃっほいと思ったからだ。日曜深夜という「休日は死んだ!何故だ!」という時間帯に、このようにゆるく朗らかで頭を使わずに見られる作品があるというのは精神衛生上とてもよろしかろうと思ったのだ。思ったのだよなあ。

日本のインターネット世界になんとなく染まっていれば、この作品がどういう顛末を迎えたのかは多少なりとも耳に挟んでいるだろう。

 

いやマジで途中までは本当に良いと思ったんだよこれ。雰囲気大事なタイプのアニメじゃん。地方も地方の熊手村に住んでて、なんなら現代文明にさえ大して触れてねえんじゃねえかっていうまちが、なんかやたら大人びたクマのナツとワイワイ楽しくやってますよね、って話で、そのワイワイ楽しくの部分がああ良いなと思ったわけだ。

凄く乱暴な言い方をすれば、二人の日常は変化する必要がなくて、定常で平衡なものとして続くべきものだった。何故なら日常系としての存在価値はその安定性にある。変化が生まれるのなら、それはストーリー全体の枠組みを変動させないもので、変化の後にも世界が存続できなきゃならない。

 

くまみこ」は、その定常状態への復帰の仕方がまずかった。

変化を受容した新しい系を作るだとか、変化をifのものとして描くとか、色々やり方はあったと思うが、「そんな事実は無かったんだよと主人公には思わせておく」ってのは多分一番どうしようもないやり方だったんじゃないだろうか。

まちはむしろこの安定された環境を抜け出すことを望んでいて、ナツはまちと離れたくない気持ちもあるけど保護者的な立場として自立しようとする意思は応援している。だから、作中で描かれるように、熊手村(前近代的ななにか)と都会(現代的で文明的でつよい)のギャップを埋めようと努力するけど戸惑ってるね可愛いね、という話ができる。

しかしそこに突然、「打算的な地方公務員が村おこしのために、女子中学生をアイドルとして利用して都会に連れ出してトラウマを与える」なんていう変化をぶち込むと、それはまあ違和感がありまくりだし、更に「そんな事実は無かったんだぜ、さあ楽しい村の日々がまた始まるよHAHAHA」みたいな締め方をされると、さすがにサイコホラーという評が立つのも致し方ないと思う。

正直なところ作劇した側は「地方公務員が実際熱意を持って村おこししようとしたけど、都会慣れしてないまちちゃんにはまだ厳しかったぜ☆」ぐらいのテンションで描いたつもりな気がする。

けれども、まちちゃんのマジなグロッキー具合とかそれを顧みない地方公務員の言動とか、なんというか全部が生々しすぎたのでギャグにならなかったのでは。見てて辛いものが出来上がっていた。

アニオリの悲劇果てしなく 絶え間ないdis、さまよう視聴者の慟哭があった

 

冒頭に紹介した記事では私はこんなことを述べていた。

二人の日常をひたすら見ているアニメからして、特に何か重大なイベントは起こるような気がしない(今のところ)。

これが結果的にフラグになっており、特に因果関係はないものの心は痛い。

なにはともあれもう2クール前のアニメになってしまって、今更こんな振り返りするのも時季外しすぎなのだが、「『くまみこ』を見ろ」などという大層な記事名について誰に向くとも知れぬ申し訳なさが沸き立ってきたのでぶちまけておく所存である。