暇文 暇なときに書いてみた文章

神出鬼没の自己言及

二回目の旅

忘れていた。
私は旅人であった。
言葉の大海を、辞書という小舟で漕いでいく、旅人。
随分と待たせたにも関わらず、明鏡はそこに堂々とした立ち振舞で収まっていた。
カバーを取り、しばし開く場所を思案する。
今日旅立つのは前から数えて3分の2程度の場所。
1389ページ。
その言葉は……「獏」

獏という動物は実在する。動物園に行けばすぐに会うことが出来るはずだ。
自分も実際に「見かけた」ことがある。
「見かけた」というのは、取り立てて「見に行く」ような動物ではないと感じたからだ。
今の時分の自分が獏を見れば何らかの感動があるのかもしれないが、
幼少の身にとってはそんなカバの紛い物のような動物よりも、ライオンであるとかキリンであるとか
そちらのいわゆる有名所が最重要課題であったのだ。
 
さて、獏といえば
この欄にも記載があるとおり「夢を喰う」とされる伝説上の生き物としての方が有名であろう。
こちらは正に伝説上の生物。実在する獏とは似ても似つかない。
この辞書の説明に従えば、体型は熊、鼻は象、目はサイ、脚は虎、尾は牛に似ているという奇怪な姿をしている。
伝説上の生物――幻想生物とでも言えばいいか――は往々にして他の動物の部分部分を取り寄せた姿を持つ。
これは西洋のキメラやケンタウロス、そして東洋ではこの獏、件(くだん)、鵺(ぬえ)などのように洋の東西を問わず普遍的なモチーフとなっているように感じられる。
何故人々は既存の動物を組み合わせて、「継ぎ接ぎの」幻想生物を創りだすのか?
 
何となく考えてみると、二つの理由があるように感じられる。
まず、一つ目として、想像のしやすさ。
往々にして妖怪とは、何らかの災厄がモチーフになっている場合がある。
そしてお伽話として教訓やしきたりを教えている場合がある。
例として赤ずきんちゃん。当時のヨーロッパは牧畜が基本的な産業で、まさに金となり命となる羊を食い殺す狼は何よりもの敵であった。
そこで「狼とは人を食い殺す害悪である!」と印象づけるように童話が生まれたのだ。
かの幻想生物たちもそうではないか?
いわば「危険の擬生物化」 この場所がこんな理由でこんな風に危ない、と伝えるのではなく、何々が出るから危ない、と伝えたのではないか。
その時に「その生物は一体どんな姿をしているのか」と聞かれて、「脚はアレ、顔はコレ、胴体に至ってはソレだ!」と
「擬生物化のイメージしやすさ」を考慮した結果が、既存の継ぎ接ぎだったのではないか。
 
もう一つの理由は、やはり「強さ」であろう。
伝説上の生き物を考える際、やはり特徴がないような相手を生み出しては何の面白みもない。
そこでインパクトを与える必要がある。この場合、最大のインパクトとは何か?
「人間に死をもたらす生物である」ということだ。
現在の状況でも何かの生き物に襲われることがある、まして新たな生物が我々を狙っている……
恐怖が増えることは想像に難くない。
 
では、そのインパクトをどうやって生み出すか?
そこで用いられたのが「継ぎ接ぎ」だろう。
人が目にしたことのない奇怪な姿。象でもなく熊でもなく狼でもない……
これはなんだ? 分からない。何よりまずこれは「現実」なのか!?
まさに狂気へと誘う存在。それが人に襲いかかる。既に十分なインパクトを持っている。
そして更に、その動物の「強み」を取り入れる。
インターネットでよく「ぼくのかんがえたさいきょうの○○」と揶揄される類のものがこれに当たる。
現実ではあり得なくとも、ここは想像の世界。ならば強さだけ、長所だけ、組み合わせて「最強」を創りだせ……!
長い時間が経っているとはいえ同じ人間。このような考えを持っていたとしてもおかしくはない。
 
かくして「継ぎ接ぎ」の生物達は生まれた。
継ぎ接ぎの論理は今も確かに生きていて、現代でも例えば人面犬だとかのような形で生まれている。
何処かの国で人と羊のハイブリッドが誕生した、と真しやかに囁かれる噂もある。
昨今の遺伝子技術の発達を見れば、確かに無条件で頷いてしまいそうにもなる。
彼らが果たして、人の想像の世界だけに住むのか、それともこの現実世界にも住んでいるのか、その答えは明確ではない。
しかし人の求めるものはいつの世でも「非現実」であり「異質」である。
もし「異質」を創り出せるとしたら……? 好奇心が故に「異質」が生み出されていたら……?
 
夜が更けてきた。
正に魑魅魍魎が跋扈する、暗闇の時間。
「彼ら」が来る前に今日の旅を終えて寝床につこう。
「世界」を見なければ、「継ぎ接ぎ」を見ることもないだろう。
そうそう、悪夢を見たときは「バク」の名を呼ぶんだった。
 
 
 
※この記事の内容は筆者の空想と独論に基づいており
 学問的・歴史的事実とは大きく異なっている場合があります。
 ご了承下さい。
 

明鏡国語辞典 第二版

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